ヤンキース時代のジェイソン・ジアンビ

ジェイソン・ジアンビ

一塁手 ·左打・右投 ·MLB ·1995年〜2014年 生年月日:1971年1月8日 出身:West Covina(米国)

Photo: Googie Man (cropped to 4:5) · CC BY-SA 3.0 · source

MVP 2000 オールスター ×5 シルバースラッガー ×2
通算
2010安打 ・ 440本塁打 ・ 1441打点 ・ 20盗塁
打率 .277 ・ OPS .916 ・ 2260試合
2014 シーズン
打率 .133 ・ 2本塁打 ・ 5打点 ・ 0盗塁
出塁率 .257 ・ 長打率 .267 ・ OPS .524

ジェイソン・ジアンビは、長打力と四球を武器にアスレチックスでMVPとなり、晩年には代打の一振りと経験でチームを支えた一塁手です。

ジェイソン・ジアンビ――四球で投手を追い詰め、最後は一打を待つ男になった

ジェイソン・ジアンビは、最初から鈍足の大砲として野球だけをしていた選手ではない。高校では野球、バスケットボール、アメリカンフットボールの3競技でプレーし、フットボールではクォーターバックも務めた。ロングビーチ州立大学へ進み、1992年には米国代表としてバルセロナ五輪にも出場。その年のドラフト2巡目でアスレチックスに指名され、1995年にメジャーへ上がった。弟のジェレミー・ジアンビも後に同じアスレチックスでプレーすることになる。

オークランドでジアンビが特別だったのは、本塁打を打てるだけでなく、投手にストライクを投げさせることだった。2000年には43本塁打、137打点に加えて137四球を選び、出塁率.476でアメリカン・リーグMVPを獲得。翌2001年には打率.342、出塁率.477を記録し、MVP投票2位となった。後に『マネー・ボール』として知られるアスレチックスのチーム作りでは出塁率が象徴的な言葉になるが、その価値を理論より先に打席で最大化していた中心打者の一人がジアンビだった。彼がFAで去った後に、オークランドは失った得点力を一人ではなく複数の選手で埋めようとすることになる。

2001年オフ、ジアンビは7年1億2000万ドルでヤンキースへ移った。アスレチックスの中心から、勝つことを前提に見られるニューヨークの中心へ。本人は後に、最初は周囲より自分自身が大きな圧力をかけていたと振り返っている。2002年5月、雨のヤンキー・スタジアムで延長14回、3点を追う場面から逆転サヨナラ満塁本塁打を放った。本人にとって、そこでようやくオークランド時代の自分に戻れたと感じる一打だった。

一方で、ジアンビのヤンキース時代は成績だけでは終わらない。禁止薬物をめぐる問題はキャリアの評価から切り離せず、2005年には公の場で謝罪し、その後に打撃を立て直した。だが、クラブハウスではもっと奇妙な形でも名前を残した。ジアンビは不振脱出の縁起物として金色のTバックを使っていたことで知られ、デレク・ジーターも長い無安打から抜け出すために試したと後に認めている。巨大契約、薬物問題、復活、そして金色のTバック。同じ選手の経歴に全部入っている。

キャリア後半、役割は主砲から変わった。ロッキーズでは一塁手と代打としてプレーし、40歳で1試合3本塁打を記録。クリーブランドではベンチから若い選手を支える存在になりながら、2013年には42歳でメジャー史上最年長のサヨナラ本塁打記録を更新した。同年9月には再び代打サヨナラ本塁打を放ち、チームの終盤の連勝を支えた。毎日4打席を与えられる打者ではなくなっても、一度だけ来る打席へ準備することで仕事を残した。

20シーズンで2010安打、440本塁打、1441打点、通算OPS.915。アスレチックスでは球団殿堂にも選ばれた。若い頃は四球と長打で試合全体を支配し、晩年はベンチで何時間も待って一球を仕留めた。ジェイソン・ジアンビのキャリアは、打席数が減っても「自分が打つべき球を待つ」という仕事だけは変わらなかった。

選手能力レポート

投手が逃げれば歩き、ストライクを取りに来れば長打にする。打席を自分の有利な場所まで動かす左の強打者。

打撃
最大の特徴は、長打力と選球眼が別々の能力ではなかったことにある。ボール球を追わず、四球を選ぶことで投手をストライクゾーンへ戻し、その球を強く引っ張る。2000年には43本塁打と137四球、翌2001年には出塁率.477を記録した。早いカウントで無理に決めるのではなく、投手の選択肢が減るまで打席を進められる打者だった。
守備・役割
主戦場は一塁と指名打者。全盛期は毎日打線の中央に入り、守備よりも出塁と長打で価値を作った。年齢と故障で常時出場が難しくなると、代打へ役割を変更。ベンチで試合を観察し、終盤の一打席だけで勝敗を変える仕事へ適応した。2013年には42歳で2度の代打サヨナラ本塁打を記録している。
強み
自分の打席を狭くしないこと。長打者でありながら、本塁打を打とうとしてボール球まで追う必要がなかった。投手が勝負を避ければ四球で出塁し、甘い球が一球だけ来ればその一球を長打にする。晩年に代打へ移ってからも、この「一球を待てる」性質が残ったため、打席数が減っても決定的な仕事ができた。
リスク
守備と走塁で大きな価値を補うタイプではなく、打撃が落ちれば役割も急速に狭くなる。身体の大きさと強いスイングに加え、キャリア中には故障や健康問題も重なった。また、禁止薬物使用の問題は全盛期の成績評価と切り離せない。能力レポートとしては、打撃へ価値が集中していたことと、その打撃成績を見る際に競技史上の問題を無視できないことの両方を残す必要がある。
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詳細データ

通算記録

年度別成績、契約情報、フルアーカイブ。

年度別打撃成績
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年度 チーム 試合 打数 得点 安打 2B 3B 本塁打 打点 盗塁 四球 三振 打率 OBP SLG OPS
1995 OAK 54 176 27 45 7 0 6 25 2 28 31 .256 .364 .398 .761
1996 OAK 140 536 84 156 40 1 20 79 0 51 95 .291 .355 .481 .836
1997 OAK 142 519 66 152 41 2 20 81 0 55 89 .293 .362 .495 .857
1998 OAK 153 562 92 166 28 0 27 110 2 81 102 .295 .384 .489 .873
1999 OAK 158 575 115 181 36 1 33 123 1 105 106 .315 .422 .553 .975
2000 OAK 152 510 108 170 29 1 43 137 2 137 96 .333 .476 .647 1.123
2001 OAK 154 520 109 178 47 2 38 120 2 129 83 .342 .477 .660 1.137
2002 NYY 155 560 120 176 34 1 41 122 2 109 112 .314 .435 .598 1.034
2003 NYY 156 535 97 134 25 0 41 107 2 129 140 .250 .412 .527 .939
2004 NYY 80 264 33 55 9 0 12 40 0 47 62 .208 .342 .379 .720
2005 NYY 139 417 74 113 14 0 32 87 0 108 109 .271 .440 .535 .975
2006 NYY 139 446 92 113 25 0 37 113 2 110 106 .253 .413 .558 .971
2007 NYY 83 254 31 60 8 0 14 39 1 40 66 .236 .356 .433 .790
2008 NYY 145 458 68 113 19 1 32 96 2 76 111 .247 .373 .502 .876
2009 COL 19 24 4 7 1 0 2 11 0 7 8 .292 .452 .583 1.035
2009 OAK 83 269 39 52 13 0 11 40 0 50 72 .193 .332 .364 .697
2010 COL 87 176 17 43 9 0 6 35 2 35 47 .244 .378 .398 .776
2011 COL 64 131 20 34 6 0 13 32 0 17 45 .260 .355 .603 .958
2012 COL 60 89 7 20 4 0 1 8 0 20 24 .225 .372 .303 .675
2013 CLE 71 186 21 34 8 0 9 31 0 23 56 .183 .282 .371 .653
2014 CLE 26 60 3 8 2 0 2 5 0 9 12 .133 .257 .267 .524
通算成績 2260 7267 1227 2010 405 9 440 1441 20 1366 1572 .277 .399 .516 .916
受賞歴・主な実績
  • Comeback Player of the Year (1): 2005
  • Hutch Award (1): 2000
  • MLB Players Choice Comeback Player (1): 2005
  • Most Valuable Player (1): 2000
  • Player of the Month (6): 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006
  • Player of the Week (3): 1996, 2000, 2006
  • Silver Slugger (2): 2001, 2002
  • TSN All-Star (1): 2002
  • TSN Comeback Player of the Year (1): 2005
オールスター選出

2000, 2001, 2002, 2003, 2004

年俸 / 契約 詳細

年俸・契約の要点

年度 年俸
1995$109,000
1996$120,000
1997$205,000
1998$315,000
1999$2,103,333
2000$3,103,333
2001$4,103,333
2002$10,428,571
2003$11,428,571
2004$12,428,571
2005$13,428,571
2006$20,428,571
2007$23,428,571
2008$23,428,571
2009$4,000,000
2010$1,750,000
2011$1,000,000
2012$1,000,000
2013$750,000

通算合計: $133,558,996 (19 シーズン)

シーズン平均: $7,029,421

年俸データは1985年以降が対象です。

TGNの年俸表示は基本年俸を示しています。サイニングボーナス・会計上の按分額・ラグジュアリータックス用の値は、確認できる場合に別途記載します。

契約詳細

よくある質問

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Data: Lahman Baseball Database (CC BY-SA 4.0), Cot's Baseball Contracts, Retrosheet.