ディー・ゴードンが一塁へ出ると、相手は急に忙しくなった。
投手は走者を何度も確認する。二塁手と遊撃手はベースへ寄る。捕手は送球を頭に入れながら、打者への配球も考えなければならない。
まだ何も起きていない。それでもゴードンが一塁にいるだけで、次のプレーが始まっていた。
2015年のゴードンは、そんな選手だった。
マイアミ・マーリンズ移籍1年目に145試合へ出場し、ナショナル・リーグ首位となる打率.333を記録。205安打と58盗塁はメジャー全体で最多だった。
さらに二塁手としてゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を獲得。攻撃、走塁、守備のすべてで、キャリア最高のシーズンを完成させた。
マイアミへ届いた最高の贈り物
マーリンズがゴードンを獲得したのは、2014年12月のことだった。
ドジャースとの大型トレードで、ゴードンはダン・ヘイレン、ミゲル・ロハスらとともにマイアミへ移った。
前年に64盗塁を記録していたゴードンへ、マーリンズが期待したものは明確だった。打線の先頭にスピードを加え、得点の形を変えることだ。
その期待に応えるまで、時間はかからなかった。
開幕から安打を重ね、5月には打率4割を超える時期もあった。7月には左手親指の脱臼で戦列を離れたが、復帰後もペースは大きく落ちなかった。
打って、走り、二塁を守る。
ゴードンは移籍したばかりの選手とは思えないほど自然に、マーリンズ打線の先頭へ収まった。
205安打のうち169本が単打
ゴードンが2015年に放った205安打。そのうち169本は単打だった。
本塁打は4本。二塁打も24本で、長打を量産したわけではない。
それでも、ゴードンの単打は一塁で終わらなかった。
塁へ出れば二塁を狙う。守備がわずかに慌てれば、その先まで進む。平凡に見えるゴロも、全速力で内野安打へ変えてしまう。
四球はわずか25個だった。
ゴードンは四球を待つ打者ではない。653打席で91三振を喫しているが、それ以上に目立つのは615打数で205本の安打を放ったことだ。打席では積極的にバットを出し、打球がフィールドへ転がれば、最後は自分の足で勝負した。
相手も、それは分かっている。
分かっていても止められなかった。
58盗塁だけでは測れない速さ
シーズン58盗塁はメジャー最多だった。
ただし、ゴードンの速さが効いたのは、実際にスタートを切った場面だけではない。
一塁にいるだけで投手の間が変わる。内野手の守備位置が変わる。捕手は変化球を落とす場所に神経を使う。
ゴードンが動けば、守備側も動かされる。
盗塁として記録されない打席でも、彼の足は試合に参加していた。
長打の少ない打者が、なぜこれほど厄介だったのか。その答えは単純だった。ゴードンとの勝負は、打席でアウトを取るまで終わらない。一塁へ出した瞬間、別の勝負が始まったからだ。
最終戦で奪い取った首位打者
首位打者争いは、レギュラーシーズン最終日までもつれた。
試合開始前の打率は、ゴードンが.3306。ワシントン・ナショナルズのブライス・ハーパーが.3307。表示上はともに.331となるほどの僅差だった。
フィラデルフィア・フィリーズとの最終戦で、ゴードンは第1打席に二塁打を放った。
第2打席では、本塁打。
さらに第3打席でも単打を記録し、3安打でシーズンを終えた。
最終打率は.333。205安打と58盗塁を合わせ、打率、安打、盗塁の三部門でリーグトップに立った。
1900年以降のナショナル・リーグで、この三部門を同じ年に制したのは、1908年のホーナス・ワグナー以来2人目だった。
普段は長打を狙わない男が、首位打者を決める最終戦で本塁打まで放った。
ゴードンらしく走り続けたシーズンに、最後だけ少し派手な祝砲が上がった。
勝てないシーズンに生まれた人気者
2015年のマーリンズは71勝91敗。ナショナル・リーグ東地区3位に終わり、ポストシーズンには届かなかった。
チームとしては苦しい一年だった。
それでもゴードンは、毎日見たくなる選手だった。
安打を放つ。全速力で一塁へ向かう。塁へ出れば次を狙う。二塁では広い範囲を守り、ベンチへ戻れば笑顔を見せた。
強いチームだけが愛されるわけではない。そして、優勝争いをしているチームだけにスターがいるわけでもない。
勝てない日が続くほど、球場へ足を運ぶ理由を作る選手の存在は大きくなる。
2015年、ディー・ゴードンは205本の安打を放ち、58個の塁を盗んだ。
マーリンズは勝てなかった。
それでもマイアミには、毎日見たくなる選手がいた。