フィリーズ時代のマイク・シュミット(打撃練習でバットを構える姿)

マイク・シュミット

三塁手 ·右打・右投 ·MLB ·1972年〜1989年 生年月日:1949年9月27日 出身:Dayton(米国)

Photo: The Press Box (cropped to 4:5) · Public Domain · source

MVP ×3 オールスター ×12 ゴールドグラブ ×10 シルバースラッガー ×6 殿堂入り
通算
2234安打 ・ 548本塁打 ・ 1595打点 ・ 174盗塁
打率 .267 ・ OPS .908 ・ 2404試合
1989 シーズン
打率 .203 ・ 6本塁打 ・ 28打点 ・ 0盗塁
出塁率 .297 ・ 長打率 .372 ・ OPS .668

マイク・シュミットは、フィラデルフィア・フィリーズ一筋で18年間プレーした三塁手。通算548本塁打、MVP3度、ゴールドグラブ10度を誇り、長打力と三塁守備を高い水準で両立させた、MLB史上でも屈指の完全型スターだった。1995年に殿堂入り。現在は自身のメラノーマ闘病の経験から、皮膚がんの予防・啓発活動に力を注いでいる。

マイク・シュミットはどんな選手だったのか

シュミットは、最初から完成されたスターだったわけではない。初めてのフルシーズンとなった1973年、打率はわずか.196。ナ・リーグ最多の136三振を喫し、空振りと不振に苦しんだ。長打の片鱗は見せていたものの、この数字だけを見れば、のちに歴史へ名を刻む打者になるとは、誰も想像できなかっただろう。若い頃のシュミットは、失敗を恐れ、自分に高すぎる要求を課す選手だった。

転機は、深刻な打撃不振のさなかに訪れた。1976年4月17日、シカゴ・カブスとの一戦。当時のシュミットは打撃フォームに悩み、打順でも下位に落とされていた。試合前、チームメートのディック・アレンから「力を抜け。楽しめ」という趣旨の言葉をかけられる。技術ではなく、気持ちの問題だという助言だった。この日、シュミットはトニー・テイラーのバットを借りて打席に立ち、1試合で4本塁打を放つ。技術を突き詰めることよりも、重圧から解放されて野球を楽しんだことが結果につながった、人間的な転機の一日だった。

そこからのシュミットは、長打力だけの打者ではなかった。通算548本塁打は、長くナ・リーグの三塁手の頂点に立つ数字であり、最優秀選手(MVP)に3度、三塁手としてのゴールドグラブに10度輝いた。強打者でありながら、三塁の守備でも歴代最高級と評される反応と送球を見せる。打つ方でも守る方でも試合を支配できる三塁手というのは、野球の歴史を通してもごく限られている。シュミットは、その数少ない一人だった。

ただ、その道のりは順風満帆ではなかった。本拠地フィラデルフィアの厳しいファンからは、期待の大きさゆえに強い批判を浴びた時期があった。シュミット自身も完璧主義で、誰よりも自分に厳しかった。高い基準を満たせないと感じるほどに力み、かえって結果を落とすこともあった。1989年、彼はシーズン途中で現役を退く。それは肉体の衰えだけでなく、長く背負い続けた重圧による精神的な消耗も感じさせる、静かな幕引きだった。

1995年、シュミットは一度目の投票で野球殿堂入りを果たす。式典の壇上で、彼は感情を抑えきれなかった。長いキャリアの陰で、遠征やトレーニングのために家族へ大きな負担をかけ続けてきたこと。その支えがあって初めて自分の成功があったこと。彼はそれを誰よりも自覚しており、家族への感謝を言葉にした。栄光の裏側に家族の犠牲があった——シュミットの姿には、それを痛いほど理解している人間の実感がにじんでいた。

引退後のシュミットには、もう一つの大きな試練が待っていた。2013年、ステージ3のメラノーマ(悪性黒色腫)が見つかったのだ。手術で腫瘍を取り除いたが、がんはすでに転移しており、放射線治療や、強い副作用を伴う薬との闘いが続いた。最初の薬は効かず、彼は死を意識したという。流れを変えたのは免疫療法だった。治験で使った薬が効き、シュミットは一命を取り留める。この経験は、彼の人生観を変えた。現役時代の野球界には、日焼け止めを塗る文化がほとんどなかった——その反省から、シュミットは今、皮膚がんの予防と啓発に力を注いでいる。球場に日焼け止めのディスペンサーを設置する活動などを通じて、かつての自分と同じ思いをする人を一人でも減らそうとしている。失敗を恐れた若者は、楽しむことを思い出して歴史的な選手になり、重圧と完璧主義に苦しみ、家族への感謝を知り、そして今は、自分の経験を誰かを守るために使っている。

選手能力レポート

圧倒的な長打力と三塁守備を同時に成立させた、MLB史上でも屈指の完全型スター。

空振りや三振を消すタイプの打者ではなく、それを受け入れたうえで、四球と長打で試合を支配した。

打撃タイプ
パワーは歴代最高クラスで、通算548本塁打を放った。一方でコンタクト能力は最上位というわけではなく、三振も多かった。それを補ったのが優れた選球眼で、通算1507四球を選び、高い出塁能力で穴を埋めた。
強み
長打と四球の両立。三振を恐れずにフルスイングしながら、ボール球には手を出さず四球を選べる。空振りの多さを、長打と出塁で十分すぎるほど取り返した。
コンタクトは超一流ではなく、三振はキャリアを通じて多かった(通算1883三振)。走力は平均的で、盗塁で試合を動かすタイプではない。価値の中心は、あくまで長打・出塁・守備にある。
守備・役割
三塁守備は歴代最高級。反応の速さ、強肩、送球精度を高い水準で兼ね備え、ゴールドグラブを10度受賞した。打撃だけのスーパースターではなく、守備でも試合を支配できる三塁手だった。
見どころ
打って良し・守って良しの三塁手という、野球史でもごく限られた完成形。長打力の派手さの裏に、選球眼と三塁守備という地味な土台があった。
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詳細データ

通算記録

年度別成績、契約情報、フルアーカイブ。

年度別打撃成績
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年度 チーム 試合 打数 得点 安打 2B 3B 本塁打 打点 盗塁 四球 三振 打率 OBP SLG OPS
1972 PHI 13 34 2 7 0 0 1 3 0 5 15 .206 .325 .294 .619
1973 PHI 132 367 43 72 11 0 18 52 8 62 136 .196 .324 .373 .697
1974 PHI 162 568 108 160 28 7 36 116 23 106 138 .282 .395 .546 .941
1975 PHI 158 562 93 140 34 3 38 95 29 101 180 .249 .367 .523 .890
1976 PHI 160 584 112 153 31 4 38 107 14 100 149 .262 .376 .524 .900
1977 PHI 154 544 114 149 27 11 38 101 15 104 122 .274 .393 .574 .967
1978 PHI 145 513 93 129 27 2 21 78 19 91 103 .251 .364 .435 .798
1979 PHI 160 541 109 137 25 4 45 114 9 120 115 .253 .386 .564 .950
1980 PHI 150 548 104 157 25 8 48 121 12 89 119 .286 .380 .624 1.004
1981 PHI 102 354 78 112 19 2 31 91 12 73 71 .316 .435 .644 1.080
1982 PHI 148 514 108 144 26 3 35 87 14 107 131 .280 .403 .547 .949
1983 PHI 154 534 104 136 16 4 40 109 7 128 148 .255 .399 .524 .923
1984 PHI 151 528 93 146 23 3 36 106 5 92 116 .277 .383 .536 .919
1985 PHI 158 549 89 152 31 5 33 93 1 87 117 .277 .375 .532 .907
1986 PHI 160 552 97 160 29 1 37 119 1 89 84 .290 .390 .547 .937
1987 PHI 147 522 88 153 28 0 35 113 2 83 80 .293 .388 .548 .936
1988 PHI 108 390 52 97 21 2 12 62 3 49 42 .249 .337 .405 .742
1989 PHI 42 148 19 30 7 0 6 28 0 21 17 .203 .297 .372 .668
通算成績 2404 8352 1506 2234 408 59 548 1595 174 1507 1883 .267 .380 .527 .908
受賞歴・主な実績
  • Gold Glove (10): 1976, 1977, 1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1986
  • Lou Gehrig Memorial Award (1): 1983
  • Most Valuable Player (3): 1980, 1981, 1986
  • Player of the Month (5): 1976, 1979, 1980, 1981, 1982
  • Player of the Week (6): 1974, 1976, 1980, 1984, 1986, 1987
  • Silver Slugger (6): 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1986
  • TSN All-Star (10): 1974, 1976, 1977, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1986
  • TSN Player of the Year (2): 1980, 1986
  • World Series MVP (1): 1980
オールスター選出

1974, 1976, 1977, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1986, 1987, 1989

年俸 / 契約 詳細

年俸・契約の要点

年度 年俸
1985$2,130,300
1986$2,136,666
1987$2,127,333
1988$2,250,000

通算合計: $8,644,299 (4 シーズン)

シーズン平均: $2,161,075

年俸データは1985年以降が対象です。

TGNの年俸表示は基本年俸を示しています。サイニングボーナス・会計上の按分額・ラグジュアリータックス用の値は、確認できる場合に別途記載します。

契約詳細

よくある質問

Q. マイク・シュミットの通算成績は?
A. 通算548本塁打、1595打点。MVPを3度、三塁手としてのゴールドグラブを10度受賞し、1995年に一度目の投票で野球殿堂入りした。
Q. なぜ皮膚がんの啓発活動をしているの?
A. 2013年にステージ3のメラノーマと診断され、免疫療法で回復した経験から。現役時代に日焼け止めの文化がほとんどなかったことへの反省もあり、球場への日焼け止めディスペンサー設置などに取り組んでいる(2026年時点)。
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Data: Lahman Baseball Database (CC BY-SA 4.0), Cot's Baseball Contracts, Retrosheet.